2018明治安田生命J2リーグ第16節 徳島ヴォルティスvs松本山雅FC ~いろんな「まさか」~
徳島サブ・GKカルバハル、DFブエノ、井筒、MF前川、小西、FW佐藤、藤原志
松本サブ・GK鈴木、DF田中、安川、MF中美、岡本、前田直、FW永井
徳島ヴォルティスにとってこの日のビッグニュースは、岩尾の復帰。5月6日の水戸戦で右肩を負傷し「全治4週間の怪我」と発表されていたが、約3週間で試合に復帰することになった。監督によれば「最後の最後まで健闘した結果、リスクはあるがプレーできる状態」で起用に踏み切ったとのこと。フォーメーションは現体制の徳島としては実に珍しい3-4-2-1。
松本山雅は、序盤6試合は勝ち無しと出遅れたものの、7節で大宮に勝利したのを皮切りに以降は6勝2分1敗と好調。チーム状態を反映するかのように、スタメン・サブともに前節からのメンバー変更はなく、こちらもフォーメーションは3-4-2-1。高崎・橋内は古巣対戦。昨年はダブルを食らっただけでなく試合内容も加味すると、リカルド・ロドリゲス就任以降、徳島が最も苦手にしているチームと言えるだろう。
金沢戦後のあれこれ
前節の試合後、徳島・金沢両チームの監督によるコメントの応酬があった。発端(と思われる) はリカルドが、徳島の良さを消すため金沢がピッチに水を撒かなかった行為を暗に批判したこと。これに対し敵将・柳下正明氏が「水を撒かないと良いプレーができないのであれば、それはまだまだ偽物だなと。(中略)おそらくバルセロナだったら、このピッチでも普通にプレーできるだろう」とやり返した。リカルドは何かの媒体でこのコメントを目にしたのだろう。試合の翌週も「乾いたピッチではたとえバルセロナでも素晴らしいサッカーは出来ない」と述べ、エンターテイメント性の観点からも、ボールが走りやすいピッチコンディションを保つ意義を報道陣に熱弁していたのだという。そんな中迎えた松本戦。まして、昨年2度苦渋をなめさせられた相手とくれば、おそらくリカルドも相当に熱が入っていたに違いない。ホームで、今度こそ自分たちのサッカーを表現して勝つのだと。
まさかの岩尾登場とまさかのミラーゲーム
岩尾が復帰したにも関わらず、徳島が選択したのは、慣れ親しんだ岩尾のアンカーシステムではなく、シシーニョと岩尾を中盤の底に並べる形だった。もしかすると、肩の状態が万全ではないという岩尾の負担を少しでも軽くしよう、という意図もあったのかもしれない。いずれにしろこの配置によって、両チームのマッチアップが明確になるミラーゲームの様相で試合は始まる。
当然のことではあるが、ミラーゲームと言っても常に眼前に守備対象が存在するわけではなく、この日の両チームのように3-4-2-1⇔守備時5-2-3と変換するチームはWBの前のスペースが空きやすい。徳島は特に左WBの内田裕を起点に、WBの裏へ飛び出す杉本竜への縦パスで攻撃のスイッチを入れていく。
WBに時間とスペースを与えてやるには、相手のシャドウのプレスバックが間に合わないよう、シャドウをCBに食いつかせる必要があり、下準備として3CB間のパス回しを活用しながら内田裕をビルドアップの出口として活用していく徳島。
同じシステムと異なる選手特性
一方の松本は立ち上がり、低い位置からでも簡単にロングボールを選択することはせず、予想に反して短いパスを繋ぎながら突破口を探っているようにも見えた。前田大然のスピード・セルジーニョの個人技を生かすスペースを得るため、徳島の選手を引き出したいと考えていたのかもしれない。松本のビルドアップに対して徳島がボールの取りどころに定めていたのが藤田で、あえて距離を置いてフリーに見せかけ、パスが入るタイミングを逃さず岩尾が一気にアプローチし、トラップミスを誘ってボールを掻っ攫うというプレーを連続して披露していた。
もっとも藤田だけでなく、DHのペアとして能力を比較しても、ビルドアップ力・1on1の守備力ともに、岩尾・シシーニョのコンビに一日の長があるのは明らか。ミラーゲームでボランチ勝負しても勝てん!と悟ったのか、松本も長いボールを織り交ぜながらサイドで起点を作りはじめる。
松本は中盤を務める能力もある、岩間が陣取る左サイドを起点にビルドアップを行うことが多かった。WBが時間とスペースを得やすいというシステム上の構造までは同じなのだが、違ったのは選手の特性とそれに伴うポジショニングである。徳島のシャドウに配置された杉本竜・島屋は、WBでもプレーすることが可能な選手。つまり、サイドのスペースへ抜け出していくプレーには慣れている。試合後にリカルドが「外に広く開くということはチームに求めている。島屋は中に絞っていたが、できるなら開いていてほしかった」とコメントを残していることからも、徳島のシャドウに求められていた役割は明白である。
一方、松本のシャドウの前田大・セルジーニョは、よりアタッカー色の強い選手であり、ハーフスペース~中央レーンでのプレーを好む傾向が強い。この違いにより徳島は、CBが迎撃しやすいだけでなく、シシーニョ・岩尾がハーフスペースへ陣取り、DHの監視を行いながらシャドウに対してはCBと挟み込むことによって、松本の攻撃から自由を奪っていった。
時間の経過と共に、松本も徳島のビルドアップパターンに慣れてきたのだろう。タックルラインを下げ、前田が藤原よりも内田への警戒を強めるようになる。WBはピン止め出来ていても、その前のスペース誰が使うねん問題。内田がオーバーラップしても前田が付いてくれば数的優位は作れない。ミラーゲーム特有のというべきか、反町松本を相手にしたとき固有のというべきか、底堅い雰囲気の漂う試合へ変化していく。
膠着していた試合の雰囲気を切り裂いたのが前田大然。セカンドボールの競り合いから自陣中央を抜け出したセルジーニョがドリブルで運ぶとセンターライン付近から徳島DFラインの裏へスルーパス。前田は内田の外からダイアゴナルランでWBCB間を抜け出し、最後はGKとの一対一を冷静に制してゴールを決める。
ミラーの次は4-3-3
徳島は後半から藤原→前川と交代を行い、フォーメーションも4-3-3へ変更する。ちなみに中盤の三名は、シシーニョが底に入っている時間もあったし、岩尾とシシーニョの2DHに見える時間帯もあった。ただ、どこに誰が配置されたかはそれほど問題ではないと考えている。重要なのは「3」MFという数のほうだからだ。そしてこの試合が、戦術的駆け引きの観点から興味深かったのもここからである。
このフォメ変更に伴う大きな変化は主に二点あり、一つは中盤のエリアで徳島に数的優位が生まれること。もう一つは、松本のシャドウの守備の基準点となる選手が、CB兼WBだった前半からSBに固定されたことである。シャドウの選手にとっては、より敵陣深くまでアプローチに出て行く必要性が生まれる。そして、それに付随して生まれるのが松本の2DHの脇に広がる広大なスペースである。
徳島は前半と打って変わって、後半は立ち上がりから徹底して右サイドを起点に攻める。島屋がWBをピン止めしたスペースに前川が顔を出す。前田大ほどスピードも運動量も無いセルジーニョは、大本のオーバーラップに付いてこられないシーンも度々見られた。リカルドが「後ろから追い越して抜けて行く動きが特徴」と語る大本の強みが存分に生かされるようになる。
また前半と同様シャドウを食いつかせるため、ビルドアップ時には内田裕が低い位置を取り、擬似3バックを形成してから高い位置をとる大本をフリーにさせるという形も見せていた。
WGのピン止めによって発生したスペースを利用しながら押し込む徳島に対して、松本は5バックを中心に粘り強く耐え続けていた。ただ、押し込まれる時間が長くなると、ズルズルと2列目も下がってしまう。後半は5人のDF、4人のMFがほぼ全員ゴール前に張り付いているという時間も短くなかった。こうなるとファーストディフェンスが定まらずに、ますます後手の対応を迫られる事になる。徳島はサイドからのクロスだけでなく、オープンな状態の2DHを経由しながら、前川は中盤の数的優位を生かして相手DHの背後を取る。逆サイドの選手は高く張り出してWBCB間にスペースを作り出す。狭いエリアで活動するのが得意な島屋は空いたハーフスペースを攻略。と決められた役割を守りながら、何とか松本ゴールをこじ開けようと迫る。
岩尾のPK失敗もあり、重苦しい雰囲気になりかけていたが、島屋がショートコーナーから松本のマークが一瞬遅れたのを見逃さず、ペナ外から美しい弾道のミドルシュートを叩き込む。残り時間が少なくなるにつれ「引き分けでもOK」の気配を強く出す松本に対し、徳島は徹底したボール保持から好機を伺うもゴールは割れず。ラストプレーとなったCKも、ゴール前の混戦から大﨑が右足で放ったシュートは、無常にもゴール右へ逸れていった。名将が思わず天を仰ぐ姿とともに、試合は1-1で終了。
雑感
岩尾の復帰から始まり、スタートのフォーメーション、試合中の変化など、様々な驚きに満ちた試合だったように思う。相性最悪だった反町松本を相手に、先制を許しながらも最低限の勝点1は確保。特にフォメ変更も含めて、後半の内容は評価に値するのではないだろうか。
WBを高い位置に張らせる、という戦い方は幾度と無く見てきた光景だが、WGを用意した上にSBをオーバーラップさせて、最低でも数的同数。シャドウが守備をサボればサイドで数的優位を作り出す。このパターンは現体制になってから、あまり見た記憶が無いように思う。SBが幅取り役を担う場合は、WGはレーンを移動してハーフスペースを攻略するという応用形も含めて、完成度が高まれば貴重なオプションになるかも、という期待を抱かせる内容だった。